大切なことを気づかさせてくれる若林さんはやはり素敵だ。
リトルトゥース達の歓喜の声が聞こえる。
そうつまり、僕自身、歓喜の雄たけびを上げている。
オードリー若林さんのロングセラー傑作旅行記が、書下ろし新章を加えて文庫本化されたのだ。
その名も『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』である。
メインは若林さんがキューバに行った話なのであるが、ただの旅行記ではない。
人はなぜ旅にでるのだろう?
人はなぜ旅に出たいと思うのだろう?
その答えは、もちろん人それぞれで違う。
日々の生活の中で忘れてしまっていた大切なこと。
まるでベルトコンベヤーの上で流されていく荷物のように、当たり前に過ぎ去っていく景色や感情。
そういったものを僕は無意識のうちに閉じ込めていてしまっていたのかもしれない。
いや、閉じ込めておかないと目まぐるしく過ぎていく毎日に対応できなくなる。
そう思っていたのかもしれない。
しかし、この本を読むことで色んなことに気づかされた。
初めて1人で海外旅行に行った時の、ドキドキ感。
飛行機の中での過ごし方や、窓から見える空の広さ。
海外の空港に着いた時の異国感や人種の違いへの驚き。
海外のバスの乗り方ってどうやるのだろう、お金はいつ払えばいいの、むしろいくらなんだ?
目的地到達のため、とりあえずそれっぽい人に付いていく尾行術。
英語は話せない、でも、もはや誰かに頼らないとこの現状を脱出できない時に出る、勇気。
時には強気で行く事の大切さ。
そして、ピンチを脱したときの達成感。
この本には、こういったその時々の景色やその時に抱いた感情が散りばめられていて、思わず『そうそう!そうだった!』と気づかせてくれる。
なんてトゥースなんだ。
海外に行く事に慣れてしまうと、かつて抱いていた感動を『経験したことあるフォルダ』にすぐに保存してしまい、実は大切な感情さえも知らずに閉じ込めてしまっていたのではないだろうか。
そして、それらは日々の生活でも同じことが言えて
当たり前のようにいる家族や恋人
いつでもどこでも食べる事の出来る美味しい食事
大変で苦しいこともあるけど、なんやかんや楽しい仕事
毎日見ている景色
気持ちのいい風
こういった当たり前のように存在しているものたちは、意識しないとどんどん色を失ってしまい、いつのまにか灰色になってしまうことがある。
本を読むと分かった。
若林さんは、なぜキューバに行ったのかの答えを、たぶんここに見出したのだと思う。
灰色になってしまった毎日に色を与えに行ったのだと。
キューバに行ったことで、当たり前になった毎日が、灰色になった毎日が、とたんに色を帯び、輝き始めたことに気づいたのだろう。
しかし、輝き、色を取り戻したとしても、それらは簡単にまた灰色に戻ってしまう。
だからきっと、人は旅に出るのだろう。
色を取り戻すために。
おやすミッフィーちゃん
この後、夢で逢いましょう、アディオス
っていう、最高にトゥースな記事を読んだので、転載します。
水抜きをやってみた
格闘家が計量前にやっている『水抜き』をやってみた。
体重制限のある格闘技やスポーツ競技では、選手たちの大きな壁になっている計量。
人によっては、10㎏近く落とす人もいるようだ。
最近ではYouTubeなどで、減量の様子や方法などを見れる。
通常は、1カ月前くらいから減量に入るようだ。
水抜きは、減量の最終段階に当たる。
よって、水抜きをする時点で格闘家などはすでに結構消耗しているに違いない。
一方、私は普段から減量を意識しているものの、食事制限をしているわけではない。
しかし、水抜きで3㎏や5㎏を落としている格闘家たちを見て、そんなことが本当に可能なのだろうかとずっと不思議に思っていたのだ。
そんな中、偶然、サウナのあるホテルに一泊、温泉のあるホテル一泊、合計二泊立て続けに宿泊する機会があった。
これは、水抜きをやれと天からの思し召しではなかろうかと思い立ち、水抜きをやってみることにしたのだ。
一泊目の夜、水抜き前に計測した体重が59.7㎏。
あれ、普段は58㎏なのにwhy?と感じた。
あ、夜ご飯をめっちゃ食ったからか・・・
早速、サウナに入る。
ここで断っておく。
減量中の格闘家たちは、水抜きは減量直前に実施しているため、水抜き中ほぼ水分を摂取しない。
しかし、私はなんちゃって水抜きなので、普通に水分を取る。
しかし、摂取する水分よりも出ていく水分の方が多くなることを見越している。
一泊目、10分のサウナを10回ほど決めた。
結果、58㎏くらいになる。
水分はサウナ終わりに毎回取ってこれだ。
全然辛くない。
むしろ清々しい。
なんだ、余裕じゃん。
二泊目、ホテルを移動。
ここでは、部屋のお風呂で水抜き。
ホテルの地下にある温泉での水抜きを決める予定だ。
ホテル到着後、付近を散策。
お昼にお腹が減りすぎたので、ご飯お代わりし放題の食事処で、お腹がパンパンになるまで食事を楽しむ。
この食事を最後に、水抜き完了までは食事はとらないことにした。
ホテルに帰ったあと、夕方から温泉で水抜き。
体重は58.3㎏。
よし、こっから本気を出してみよう。
部屋に戻り、部屋の風呂で半身浴を3回ほど決める。
半身浴中、漫画などを読み時間が経過するのをひたすら耐える。
めちゃくちゃ汗が出る。
これくらいから、なんだかボーっとする。
体重は57.7㎏になった。
とりあえず、疲れたので寝る事にしたが、1,2時間ですぐに目覚める。
ベットでボーっとする。
翌日の朝、7時から温泉にまた入りにいく。
広い温泉で、誰もいないので2時間ほど温泉に入る。
温泉から出て、鏡を見ると目の周りが窪んで黒ずんでいる。
完全なる水分不足感。
体調もよくない。気がする。
部屋に戻り、体重を測ると55.5㎏。
初日からだと、-4.2㎏。
なんだかやばい気がする。
人は、一気に体重が落ちると不安になるものなんだなと気づく。
命の危険を感じるのだ。
水を飲み、どうにか57㎏まで戻す。
身体も絞れてキレが増している。
すげーな水抜き。
しかし、ボーっとする。
確実に何らかの栄養素が足りていない。
おそらく塩分。
水しか飲んでいない。
水抜き中、塩は必須だ。
以上で、終了。
水抜きをやってみた結果、多分3㎏から4㎏は落とせることが分かった。
しかし、ただただ水分が出ていっただけなので、ダイエットではない。
そして、健康に悪い。
その後、2,3日は体調が悪かったので、全くお勧めしない。
格闘家やスポーツ競技者は、計量翌日、アマチュアなら当日に試合とか、マジでおかしい。
あんな状態で試合するとか、常人には無理だ。
マジリスペクト。
以上、水抜きをやってみたでした。
素敵な自分になるために
自分に自信を持つこと、それ即ち、素敵な自分になることへの近道である。
と思うのだ。
素敵な自分にになれたのであれば、自分に自信が備わり、誰に対しても優しく思いやりのある態度を取れるようになるはずだ。
だから僕は、素敵な自分になるための努力を惜しまないようにしなければならない。
そのやる気が沸々と湧き上がり、この衝動をもはや抑えきれない。
やるぞ、俺!
まずは、自分にできる仕事を一生懸命に取り組むことだ。
一つ一つ丁寧に、精一杯やる。
社会情勢、世界情勢、政治に関することも常にアンテナを張って勉強し続ける。
日本人に生まれたことに感謝して、日本に関する歴史についてもしっかりと理解する。
金融知識についても、これ以上に勉強するとともに、実践していくことをここに誓う。
英語のレッスンが無限にあるから、英語の勉強を続け、普通に喋れるレベルになるぞ。
映画をたくさん見て、小説もたくさん読んで、感性を磨き、感情豊かな人間になる。
これからも寄付を続けて、喜んでくれる人の笑顔を見るぞ。それが、自分の力に変わることを知ったから。
そして何より、自分の魂を成長させるんだ。
僕だって、いつかは死んでしまう。
その時に、僕は僕の事を褒めてあげたいんだ。
だから、今を精一杯生きる事、今を輝かせる事が、最短の道であることに気づいた。
忘れかけていたこの思いを取り戻せたことが嬉しい。
いつかまた、この思いを失ってしまう時がくるかもしれない。
また灰色の毎日に戻ってしまうかもしれない。
その時の僕が、この日記を読んでくれることを願う。
今、苦しいかもしれないけど、コツコツ、コツコツ、コツコツ
君は頑張れる。
だから、ゆっくりでいい。
素敵な自分になるために、あえて言うよ。
頑張れ!
歴史
これまで色んな国に行った。
訪問する国について事前に少し調べるのだが、行った後はほとんど覚えていない。
また、歴史についても調べるが、同様にほとんど覚えていない。
そもそも興味がないのかもしれないが、なぜ興味がないのかを考えると一つの答えが浮かんできた。
『そもそも、俺は日本の歴史さえも詳しく理解していない。それなのに他国の歴史に興味が持てるはずない』
である。
日本の歴史を知ることで、他国のそれと比較したり、その時代に想いを馳せたり、色々なことが広がるのだと思う。
今まで、とんでもなく勿体ないことをしてしまったと後悔している。
今からでも、少しずつ勉強しよう。
闇をもっている人に惹かれるが、その人は危うさも持っている
俳優の三浦春馬さんが亡くなった。
彼がどんな人物かはもちろん僕には分からない。
ただ、なぜか、胸が締め付けられる思いだ。
少し前に、彼が出ている番組を見ていたとき
なんて悲しい笑顔をするんだろうと思った。
優しくて繊細な人なのではないだろうかと思った。
心から笑っていない、作っている笑顔。
もちろん、作り笑顔は人なら誰でもする。
ただ、彼の作り笑顔は、なんだか、なんというか人と違う
少し触れただけで崩れてしまいそうな
少し触れただけで割れてしまいそうな
そんな笑顔だった。
人前では、明るいように振る舞っているが、どこか闇を、暗い部分を隠し持っている側の人だと感じてしまった。
自分がそうだからだ。
無理してるな、と分かってしまう。
ただ、そういう人たちは、「優しい」人が多い。
優しいからこそ、あんな笑顔になるんだ。
普段、有名人が亡くなったとしても、どこか遠い世界の話で、心が揺さぶられることなんてないはずなのに
彼の死を聞いた時、どうしようもなく、辛く苦しく、悲しかった。
誰かに相談すればよかったのにと、人々は言う。
それが出来ないから辛いんだ。
どうか、どうか、どうか
優しい彼の魂が
天国で安らかに過ごせますように
本当に本当に本当に
よくこれまで頑張ってきた。
沢山の人々を幸せにしてきた。
ゆっくり休んで欲しい。
心からご冥福をお祈りいたします。
闇を持ってる人に惹かれる気がする
根っから明るいやつが苦手だ。
私はこういう人間だから、とか言うやつが苦手だ。
知らねぇよと思う。
自分はこういう人間だからという事を宣言することによって、私の行動で変なことがあっても許してね的なことを間接的に言っているようで腹が立つ。
一方で、人前では明るいように振る舞っているが、どこか闇を、暗い部分を隠し持っている人に惹かれる。
自分がそうだからだ。
無理してるな、ということが分かる気がする。
そういう人たちは、僕が考える「優しい」人に当てはまる場合が多い。
打ち解けることが出来た場合、一緒にいて、全然気を使わないタイプになることができる。
そういう人は貴重だ。
わが人生において、未だに一人しかいない。
だから、僕は人に会うと疲れる。
人に会う事は嫌いではないし、結果的に良いことが多いが、どっと疲れることが多い。
だから、今、ほとんど家族以外と会うことが無い生活が心地いいのかもしれない。
どんだけ無理して生きていたのか、と思う。
しかし、無理して生きてきたおかげで、いざという時はそれなりに振る舞うスキルが身についているので、それはそれで助かる。
コロナの影響で、こういう事実に気づいた人はかなり多いのかな。